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美容整形 TOP名医をさがせ!クローズアップドクター 一覧柴田 健了 城本クリニック 京都院 院長《城本クリニック 京都院》

名医をさがせ!クローズアップドクター
城本クリニック 京都院 柴田 健了 城本クリニック 京都院 院長

技術と真心で笑顔を生みだす、美の職人 院長 柴田健了 Takenori Shibata

1973年北海道生まれ、京都育ち。1999年京都大学医学部卒業。1999年京都大学医学部付属病院、2000年大阪赤十字病院形成外科勤務。2006年城本クリニック勤務。

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柴田院長の生い立ち・経歴
常に患者さんの側に立ち、悩みや希望を理解した上で施術に取り組む柴田院長。その優しさと粘り強さのルーツを探るべく、幼少期から現在までの経緯をたどります。

「このドクターなら安心だ、自分の夢を叶えてくれる」  と、希望を抱かせることのできるドクターになりたい。

小さい頃はどんなお子さんでしたか?

親の転勤が多く、北海道、神奈川、京都と引っ越しを重ねました。新しい友達をつくるために、相手がどんなことを考えているのかを読む癖があったと思います。性格は人見知りで、担任の先生から「無愛想」の説明をする際に例に出されたことがあるほど。けれど、友達をつくるために意識して標準語を関西弁に変えるなど、考えて行動する子供でした。

美容外科医にとって大切な“相手の心を読む術”を幼少期から培っていたのですね。

今に通じるという意味では、10歳前後ではまったプラモデルづくりがまさにそう!当時流行っていたガンダムやお城を夢中になって作っていました。工作も大好きで、時間を忘れて作業していましたね。手先が器用だったこともあり、その頃から何かを作ることに興味があったのだと思います。

スポーツもお得意とうかがいましたが?

昔からいろいろなスポーツをしてきました。小学生の頃は野球と水泳。特に水泳は1年生から4年間習い、平泳ぎは授業でお手本になったこともあります。中学ではバスケ部に所属。3Pシュートを狙うのが好きで、毎日熱心に練習に励んだものです。高校こそ帰宅部を謳歌しましたが、大学ではバトミントンサークルに入り、楽しみながら体を動かしていましたね。

子供のころ頑張った水泳のイメージ写真

学生のころは家庭教師のバイトをされていた。

大学時代の思い出や印象に残るエピソードを教えてください。

家庭教師をメインに、いくつかアルバイトをしていました。中でも最も印象に残っているのが、大手製パンメーカーでの日雇いバイト。内容は夜8時半から朝の6時半まで、ひたすら“おはぎ”を袋詰めする仕事です。計算すると1日約25000個、2日間働いたので合計50000個!しばらくは“おはぎ”を見るのも嫌になりました。けれど、この2日間で得たものは非常に大きく、今ある根気強さも粘り強さもこのアルバイトで学んだもの。この経験があるからこそ今の自分がある、と言っても過言ではありません。

美容外科医を目指したきっかけは?

大学生の頃、友人が喉の腫瘍を取る手術をし、その後、傷跡の修正手術を受けました。その傷跡がとてもきれいで、また友人の喜ぶ姿がうれしくて!非常に印象的で、それまで詳しく知らなかった形成外科と美容外科に興味を持つようになりました。悩んだ末、「手術のみでやっていきたい!」と、この道を選びました。

最後に今後の目標を教えてください。

どんな患者様にも「このドクターなら安心だ、自分の夢を叶えてくれる」と、希望を抱かせることのできるドクターになりたい。新米の頃は「無理な施術もある」「できることには限界がある」とどこかで線を引いている部分がありましたが、今は違います。できる限り患者様の希望に沿えるように、しっかりカウンセリングを行い、求めているものは何かを理解し取り組んでいます。今後はさらにフェイスリフトの技術を磨き、得意とする二重術を追求していきたいと思っています。

  • 手術中の真剣な表情の柴田院長

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